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魔法少女まどか☆マギカ 叛逆の物語 感想

叛逆の物語



 楽しみという感情と戦々恐々という感情が入り混じった中、公開日のレイトショーで見てまいりました。次の日も仕事だってのにな!
 そんなわけで感想ですが、ネタバレあります。というか少しでも掘り下げて感想書くとネタバレせずにはいられません。
 そんなわけで読まれる方はご注意くださいませ。












「そうきたか……!」と言うのが、俺を含めてあの時劇場で見ていた全員の共通した思いだったのではないでしょうか。

 適度な危険と隣り合わせの魔法少女のお仕事を繰り広げる少女たち。そこにはいる筈のない美樹さやかと、そして鹿目まどかが存在している。明らかに違和感を生じさせる始まりから、そのからくりが明かされる中盤。そして新しいシステムの世界でなお、己の目的を遂行しようとするインキュベーターとの対峙。そこまでの流れは、ある意味見る者の期待に応える作りだったと思うわけです。
 しかし、よもやのほむらの行動に絶句ですよ。
 そうか、「叛逆の物語」とはつまりそういう事なのか、と。
 新しき世界の神として、魔法少女に最後の安らぎをもたらし続ける鹿目まどか。その彼女に牙を向き、引き摺り堕とす。その役を担ったのが、よりによって暁美ほむらであったのかと。
 でも、確かに彼女以外に「叛逆」を出来る存在はあの世界に存在しないんですよね。
 ただし、それまでの彼女には叛逆する理由が存在しなかったわけです。まどかの願いをかなえ、彼女の愛した世界を守り続ける事が己の使命であり、幸せなのだと信じていたから。
 それが変質したのはいつからなのか。魔法少女として限界を迎え、魔女と化した事で芽生えた思いなのか。
 ……そんなわけないですよね。
 ほむらにとって全ての行動理念は「まどかのため」というただ一点です。その事だけは何があっても変わらない。
 その事は悪魔と化して組み上げた新しい世界が、かつてまどかが暮らしていた日常だという事が、何よりも如実に示していると思います。
 誰一人欠けることなく、他愛もない事で笑い合いながら暮らせる日常。神となった彼女が失って、取り戻せなくなっていた、平凡な少女としての掛け替えのない生活。

 だけどそれは、「ほむらの考える」まどかの幸せ、なんですよね。ほむらが一人で抱え込み、決めつけてしまった結論でしかない。
 そしてその事を、誰よりもほむら自身が分かっている。
 分かっていて、そして説明すれば受け入れてもらえない事も分かっているから、黙って己の鳥籠の中に閉じ込めておく他ない。
「あなた達の敵になってあげる」とさやかに向けるほむらの微笑みが、俺にはあまりにも痛々しい物に見えて仕方がありませんでした。


 出来うる限り早く、もう一回見に行こうと思っております。
 叛逆に至るまでのほむらの心の動きを読み取れれば、また解釈が変わってくるかもしれませんし。
 
 本当に、予想以上の代物を見せつけられた衝撃で、しばらく考える事に困りそうにありませんわ。
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